海上保安レポート 2024

はじめに


TOPICS 海上保安の1年


特集 海をかけるひと


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 生命を救う

2 治安の確保

3 領海・EEZを守る

4 青い海を守る

5 災害に備える

6 海を知る

7 海上交通の安全を守る

8 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

8 海をつなぐ > CHAPTER II. 諸外国への海上保安能力向上支援等の推進
8 海をつなぐ
CHAPTER II. 諸外国への海上保安能力向上支援等の推進

主要な物資やエネルギーの輸出入のほとんどを海上輸送に依存する我が国にとって、海上輸送の安全確保は、安定した経済活動を支える上でも極めて重要です。

しかしながら、世界的にも重要な海上交通路であるマラッカ・シンガポール海峡やソマリア沖・アデン湾では海賊事案が発生するなど、航行の安全を脅かす事案が発生しています。

海上保安庁では、東南アジアをはじめとした周辺国に対し、海上保安庁が有する知識技能を伝え、各国の海上保安能力の向上を目指した支援を通じ、海上輸送の安全確保に貢献しています。

令和5年度の現況
1 インド太平洋沿岸国への支援

海上保安庁では、インド太平洋沿岸国の海上保安機関に対する海上保安能力向上支援を図るため、独立行政法人国際協力機構(JICA)や日本財団の枠組みを通じて、制圧、鑑識、捜索救難、潜水技術、油防除、海上交通安全、海図作製分野等に関する専門知識や高度な技術を有する海上保安官や能力向上支援の専従部門である海上保安庁MCT(Mobile Cooperation Team)を各国に派遣し支援しているほか、各国の海上保安機関の職員を日本に招へいして研修を実施しています。

フィリピンに対する支援

海上保安庁は、フィリピン沿岸警備隊(PCG)に対して、平成10年から、海上保安行政全般に関するアドバイザーとして、長期専門家を派遣しているほか、平成14年から平成24年までの10年間、長期専門家を追加派遣し、海難救助、海洋環境保全・油防除、航行安全、海上法執行、教育訓練の分野における人材育成支援のためのJICA技術協力プロジェクトを実施しました。平成25年からは、海上法執行実務の能力強化支援のためのJICA技術プロジェクトを開始し、長期専門家に加えてMCT等を派遣するなどして、法執行訓練、船艇の維持管理・運用の研修等を通じた能力向上支援を実施しています。

令和5年度は、計7回MCT等をフィリピンに派遣し、我が国ODAでPCGに供与された97m級巡視船の乗組員に対する安全運航等に関する能力向上支援や、日米で連携しての制圧訓練、船舶整備研修等の能力向上支援を実施しました。

PCG巡視船上での搭載艇揚降訓練

PCG巡視船上での搭載艇揚降訓練

インドネシアに対する支援

令和2年1月にインドネシア海上保安機構(BAKAMLA)を中心とした同国海上保安関係機関の能力向上支援のJICA技術協力が開始されて以来、海上保安庁では定期的にMCT等を現地に派遣するなどして支援を実施しています。

令和5年8月及び令和6年2月にはMCT等を現地に派遣し、油流出事案における対応に関する講義や机上訓練、海上法執行に関する研修や制圧訓練を実施しました。

このような現地派遣による対面での支援を行ったほか、令和5年8月には、BAKAMLA主催のオンライン研修にMCTが講師として参加し、捜索救助及び油防除に関する講義を行いました。

また、オンラインでの定期会合を通じ、今後の支援方針などについて相互理解に努めています。

マレーシアに対する支援

海上保安庁は、マレーシア海上法令執行庁(MMEA)が設立される前の平成17年から長期専門家を現地に派遣して、組織体制作りや人材育成のためのJICA技術協力プロジェクトを実施しています。平成23年7月からは、海上法執行、海難救助、教育訓練分野を強化するため長期専門家を派遣し、組織犯罪等の情報収集・分析・捜査や特殊救難技術に関するセミナーや研修訓練等を実施しています。

令和5年11月から12月には、MMEAの幹部候補職員を日本へ招へいし、海上保安庁の主要施設を見て回ることにより、MMEAの今後の組織運営の能力向上に寄与しました。また、現地の活動としては、8月に海上保安大学校准教授等を派遣して捜索救助に関する講義を実施しました。潜水分野の支援として、6月にMMEA潜水指導者を日本へ招へいして海上保安大学校における当庁の潜水士養成研修を視察したことに加え、令和6年2月から3月にかけて、海上保安大学校教授、同潜水教官、特殊救難隊員及び潜水士を現地に派遣して、MMEAの潜水指導者及び潜水士に対して技術指導を実施しました。

ベトナムに対する支援

海上保安庁は、平成27年9月に締結したベトナム海上警察(VCG)との協力覚書に基づき、MCT等を派遣してVCGの能力向上を支援しています。

また、令和2年9月からVCGの能力強化のためのJICA技術協力が開始され、海上保安庁では、定期的にMCT等を派遣して支援を実施しています。

令和5年9及び12月にはMCTを現地に派遣して、VCG巡視船を使い違法薬物事案を想定した立入検査訓練や制圧訓練等を実施しました。

ジブチに対する支援

海上保安庁は、独立行政法人国際協力機構(JICA)による「ジブチ沿岸警備隊能力拡充プロジェクト」の一環として、平成25年から定期的に短期専門家を派遣するなどして、海上法執行の分野における能力向上を支援しています。

令和5年度は、7月、10月、令和6年2月の計3回MCTを現地に派遣し、海上法執行等に関する能力向上支援を実施しました。

ジブチ沿岸警備隊職員に対する制圧訓練

ジブチ沿岸警備隊職員に対する制圧訓練

スリランカに対する支援

海上保安庁では、平成26年度から、機動防除隊等をスリランカ沿岸警備庁(SLCG)に派遣して、油防除に関する能力向上支援を行っています。

令和4年7月から、SLCGにおける油防除技術の指導者を育成するためのJICA技術協力プロジェクトが開始され、三カ年かけて指導者候補者を対象とした能力向上支援を実施しています。

このプロジェクトの一環として、令和5年8月及び9月には、SLCGと昨年度の活動の振返り及び今後の活動における打合せを実施し、令和6年2月には、現地にMCT及び機動防除隊等を派遣して、油防除に関する技術指導を実施しました。

太平洋島嶼国に対する支援

海上保安庁は、平成30年からパラオ海上警備・魚類野生生物保護部(DMSFWP)に対して、海上保安アドバイザーを派遣するとともに、平成31年からは、MCTを定期的に派遣するなどして、日本財団から同国に供与されたパトロール艇を活用した研修等を実施し、海難救助や海上法執行の分野における能力向上支援を実施しています。

令和5年8月には、日本財団及び笹川平和財団の支援の下、MCTをパラオに派遣し、米豪両政府と連携してDMSFWP職員に対する海面漂流者救助や小型船のえい航に関する訓練を実施しました。

*令和3年9月30日から「海上法令執行部(DMLE)」から「海上警備・魚類野生生物保護部(DMSFWP)」に名称変更


6月には、MCT等をキリバス共和国に初めて派遣し、海上自衛隊及び豪州政府と連携して、キリバス警察海洋部職員に対し、立入検査訓練等を実施しました。

令和6年1月には、MCT等をミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国へ初めて派遣し、豪州政府と連携して能力向上支援を実施しました。

キリバスにおける小型ボートによる接舷訓練

キリバスにおける小型ボートによる接舷訓練

複数国に対する支援
1 アジア・大洋州沿岸国への支援

開発途上国の海上交通安全を図るため、主にアジア・大洋州を対象に、平成15年からシンガポールにおいてJICA第三国研修を実施しています。この研修は日本とシンガポールとの政府間協定に基づき、海上交通に関する世界的な基準や日本とシンガポールでの取組などを対象国の政府機関等の職員に共有するものです。海上保安庁は、毎年同研修に講師を派遣しており、令和5年度までに、延べ31か国の400名に対し研修を実施しました。

2 ASEAN諸国への支援

ASEAN周辺海域は、マラッカ・シンガポール海峡など多数の貨物船が行き交う国際的な海上交通路を有しており、日本に向かう原油タンカーの9割近くが通過するなど日本の生命線となっています。

近年、ASEAN諸国の経済成長に伴う港湾の発展、船舶の大型化・高速化・通航隻数の増加、急激な気候変動による自然災害の増加など、ASEAN周辺海域をとりまく環境が大きく変化しており、海上保安庁は同海域における船舶の安全を守るため、関係機関と連携し様々な支援を実施しています。


●VTS(Vessel Traffic Service)センターの人材育成

ASEAN諸国ではレーダーや無線などを活用して船舶の管制や情報提供を実施するVTSセンターの整備が進んでいますが、一方で同センターを運用する人材不足が課題となっています。このため日本は、日ASEAN交通連携の枠組みのもと、ASEAN共同の研修施設として平成29年7月にマレーシアにASEAN地域訓練センターを設立し、ASEAN10か国のVTS管制官等を育成する研修を実施しています。

ASEAN地域訓練センターにおける訓練状況

ASEAN地域訓練センターにおける訓練状況

海上保安庁は、関係機関と連携してASEAN地域訓練センターの設立に主導的な役割を果たすとともに、機材の維持管理、研修内容の調整など運営全般において支援を継続しています。


●マラッカ・シンガポール海峡共同測量への技術的協力

マラッカ・シンガポール海峡における通航量の増大及び通航船舶の大型化に対応するため、最新技術による同海峡の精密水路測量と電子海図の高度化について、沿岸3か国(マレーシア、インドネシア、シンガポール)からの協力要請を受け、海上保安庁は、関係機関と協力しつつ、水路測量に係る技術的な協力を行っています。本プロジェクトでは、マラッカ・シンガポール海峡の分離通航帯全域を対象とした水路測量の実施及び電子海図の更新を行いました。

3 ソマリア沖・アデン湾沿岸国に対する支援

海上保安庁では、ソマリア沖・アデン湾の沿岸国に対しても、東南アジア諸国への支援の経験を踏まえた様々な支援を行っています。

令和5年6月から7月にかけて、独立行政法人国際協力機構(JICA)の協力のもと、JICA課題別研修(海上犯罪取締り)を開催し、アジア・アフリカ等の海上保安機関の現場指揮官クラスを招へいし、海賊対策をはじめとする海上犯罪取締り能力を強化することを目的とした国際犯罪の取締り等に関する講義等の研修を行いました。この研修は、「海賊対策国際会議」(平成12年4月・東京)の中で合意された「アジア海賊対策チャレンジ2000」に基づき行われているもので、平成13年度の開始から今年で23回目となり、これまでに計38か国1地域、397名を受け入れています。平成20年度以降は、ソマリア周辺海域における海賊対策強化の必要性が高まったことを受け、アジア諸国のほか、中東、東アフリカ諸国の海上保安機関職員を招へいしています。

4 各国水路機関への支援

海上保安庁では、昭和46年から、独立行政法人国際協力機構(JICA)と協力し、アジアやアフリカなどの開発途上国において水路測量業務に従事する水路技術者を対象とした課題別研修を毎年実施し、途上国の海図作製能力を向上させることで、世界における航海の安全に貢献しています。これまでに、45か国から約460名の水路技術者が本研修に参加し、各国の水路業務分野で活躍する人材を輩出してきました。

新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響を受け、令和4年度の研修は一部オンラインを活用しておりましたが、令和5年度は全ての研修を対面にて開催しました。

本研修は、JICAが実施する本邦研修のうち、国際資格が取得できる唯一の研修です。本研修を修了した研修員には、水路測量国際B級資格が付与され、修了者の多くが各国水路当局の幹部として活躍しています。

※各国の教育機関が実施する水路測量技術者養成コースに対し、水路測量等の国際基準を定める国際委員会(IBSC)により認定される資格で、国際A級、B級の2つに分かれる。

JICA課題別研修「海図作成技術コース」の研修状況

JICA課題別研修「海図作成技術コース」の研修状況

5 海上保安政策プログラム

アジア諸国等の海上保安機関の相互理解の醸成と交流の促進により、海洋の安全確保に向けた各国の連携協力、認識共有を図るため、平成27年10月、海上保安政策に関する修士レベルの教育を行う「海上保安政策プログラム」(Maritime Safety and Security Policy Program)を開講し、アジア諸国の海上保安機関職員を受け入れて能力向上支援を行っています。本プログラムでは、その教育を通じ、①高度の実務的・応用的知識、②国際法・国際関係についての知識・事例研究、③分析・提案能力、④国際コミュニケーション能力を有する人材を育成することを目指しています。

本プログラム卒業生には、海上保安分野の国際ネットワーク確立のための主導的役割を発揮することが期待され、現在、第9期生(バングラデシュ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、スリランカ、日本)が、高い知識の習得と共有認識の形成に向け日々研鑽を続けています。なお、本プログラムは、海上保安大学校、政策研究大学院大学、独立行政法人国際協力機構(JICA)及び日本財団が連携・協働して実施しています。

今後の取組

海上保安庁は、各国の海上保安機関設立時の支援や、長官級による会合を主導するとともに、これまで東南アジアから延べ2,000名以上の研修員を本邦へ招へいするなどし、また33か国へ延べ1,100名以上の職員を派遣して、地域の海上保安能力向上に貢献しています。今後も、海上保安政策プログラムをはじめ、各種枠組みを通じた連携・協力を推進し、能力向上に関する更なる支援を実施していきます。