伊王島灯台の歴史

R・H・ブラントン

伊王島灯台は、 徳川幕府の末期、慶応2年(1866年)5月の改税約書により、R・H・ブラントンが設計、監督のもとに、三菱長崎造船所の前進である阿久浦製鉄所の請負工事で建造されたものです。 この灯台は、わが国初の洋式鉄造六角形灯台であり、九州では初となる洋式灯台でした。 灯台の機材を積んだ船が沈没するなどのアクシデントが発生したものの、明治4年7月30日に本点灯することになりました。

初代伊王島灯台 1871年(明治4年)初点1866年(慶応2年)に締結された江戸条約に基づき建設された8基の灯台の1つで、明治2年6月に起工、翌3年6月16日に仮灯を点灯、明治4年7月30日に点灯した日本最古級の洋式灯台です。
2代目伊王島灯台  1954年(昭和29年)点灯初代伊王島灯台が、1945年(昭和20年)9月10日の原爆により被害を受け、下部鉄製部分が破損したため改装されました。1971年(昭和46年)まで隣接する宿舎(現灯台記念館)に灯台守が常駐していましたが、その後無人灯台となっています。1954年(昭和29年)点灯初代伊王島灯台が、1945年(昭和20年)9月10日の原爆により被害を受け、下部鉄製部分が破損したため改装されました。1971年(昭和46年)まで隣接する宿舎(現灯台記念館)に灯台守が常駐していましたが、その後無人灯台となっています。
3代目伊王島灯台 2002年(平成15年)点灯現在の伊王島灯台です。2代目では四角形になっていた灯塔が初代と同じ六角形になりました。大部分は新しくなりましたが、天井のドームは130年たった今でもそのまま使用されています。長崎港に出入りする船はもちろん、沖を航行する船舶にとっても位置を知る為や、島の存在を明らかにするために重要な役割を担っています。
伊王島灯台記念館 伊王島灯台の近くに所在する灯台記念館で、明治10年にわが国初の無筋コンクリート造りの吏員退息所(灯台守の休息所)として建設され、昭和46年の伊王島灯台自動化に伴い無人となりました。昭和57年に長崎県有形文化財に指定された後、昭和59年から復元工事を行い、昭和63年に伊王島灯台記念館として開館されています。記念館の中には灯台に関する様々な資料が展示されています。(入館料は無料です。)

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